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英語教育改革の進展と今後の課題(2)

~成否をにぎるのは教員育成プログラム~

 

金谷 憲(かなたに けん)

東京学芸大学名誉教授

 

 

2002年のSELHi(スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール)開始や「英語が使える日本人」戦略構想発表から約10年、英語教育をめぐる環境は大きく変わりました。2013年12月には文部科学省から「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」も発表され、学習指導要領改訂を経て、2018年度から段階的な実施を目指しています。これまで英語教育行政と深くかかわってこられた金谷憲 東京学芸大学名誉教授に、現時点での日本の英語教育をどう評価されているか、また2020年度までに実施すべき多くの改革案についての見通しや課題についてお聞きしました。

 

 

方向性は正しいが体制整備に課題

 

Q. 文部科学省が平成25年12月13日に公表した「英語教育改革実施計画」を、どう評価されますか。また、長く英語教育行政にかかわってこられた立場から現時点での日本の英語教育の姿をどう評価されていますか。

 

A. 私は平成15年に策定された「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」および、そのフォローアップ調査などにも関わってきました。昨年12月に発表された「英語教育改革実施計画」には直接関与していませんが、この10年の英語教育改革の流れを見ていると、スローガンや計画を作ってはまた作ることを繰り返してきていて、いざその体制整備になると頓挫するような感じを受けています。大学でもそうですが、中期計画を立てて、しばらくすると見直しをして、また中期計画を立てるといったように、計画作りに追われ、実態的に改革が進んでいません。例えば、「英語が使える日本人」行動計画では、中学校卒業段階で、「卒業者の平均が英検3級程度」と達成目標が明記されていましたが、残念ながらいまでも達成率は3割程度。7割の生徒が未達という状態です。平成23年6月にとりまとめられた「外国語能力の向上に関する検討会」の「国際共通語としての英語力向上のための五つの提言と具体的施策」では、同じ目標を平成28年度までの5年間で達成と打ち出しました。意気込みはいいのですが、現実を十分に踏まえた改革でなければなりません。うまくいかないところは一つひとつ吟味し、解決していくことが必要です。

 

英語教育ということでは、計画の方向性や内容そのものは評価しますし、小学校、中学校、高校と広がりをもって、統一的なイメージが作られつつあり、進歩しているのは確かです。方向性は正しいが、具体的解決策、その実行性にいささか欠ける感じがします。

 

 

はじめる時期ではなく絶対量と密度が重要

 

Q. 「英語教育改革実施計画」の一つの柱として、小学校英語の開始時期を3学年からに前倒し、5・6学年では正式な教科にする(2018年度から実施予定)ことがうたわれていますが。

 

A. 小学校英語については、すでに始まってしまっていて、いまさらどうのこうの言っても仕方がないでしょう。ただ気になるのは、限られたリソースを蕎麦のように薄べったい板状にのばしてしまってはいないかどうか。英語教育の開始時期が早くなっただけで、絶対量が変わらない。ざるで水をかいだしているようなもので、なんどやっても結果は同じ。今でいうと、小学校5年、6年で週1回の授業でいったい何ができるのか。中学になると週4回。でも、その日に習ったことは次の日にはすっかり忘れてしまう。 この繰り返しです。毎日英語の授業を行うなど、ある時期に集中してやるべきというのが私の年来の持論です。ちょこちょこと低密度で学習させるのは賢い方法ではありません。6年から8年も英語学習をやっていて、この程度、もう2年増やし、また2年増やし、12年間も英語学習を継続して、それでもダメとなると、国民のフラストレーションが増えるという副作用があり、好ましい状況にならないことが心配です。絶対量の確保という意味では、5年6年の週1回の授業でどうなるものではありませんが、やっと風穴があいたので、それを大きくしていくべきでしょう。

 

小学校か中学校か、ということではなく、限られたリソースであれば、どこかで集中してやるべきです。いまは、ポツンポツンと一キロおきに兵隊が立っていて、敵と戦おうとしている感じです。基地がどこにもない。どこかで集中的にやればよいわけです。橋頭堡、ビーチヘッドを構築するのです。もし、小学校に固める、集中する、毎日やる、一日2時間、6年間やる、というのなら私は大賛成です。

 

Q. 現実問題として、誰が小学校で教科化される英語を教えるのか、という問題がありますが。

 

A. 教科にする場合は、教職員免許法を改正する必要があるでしょう。小学校教員免許証の場合、現状では、教科又は教職に関する科目が10科目あります。英語が教科化されると、現在ある教科の指導法に加えて、英語の指導法が加わらなければなりません。問題は、小学校の教員免許を出している大学で、教員を志望する学生に英語を教える人を配置する必要がある点です。いまは教科でないため、選択科目扱いで希望者には対応していますが、小学校で英語が教科となると、そうはいきません。東京学芸大の例で申しますと、初等科学生が500人前後と多いのですが、英語教授法などを教えるクラスを一クラス定員50人とすると10クラス以上となり、相当な数の教員を配置する必要があり非常勤講師を動員しても間に合わないでしょう。だれが英語教員を志望する若い人たちに英語を教えるのか、という体制整備が大きな課題です。

 

Q. 小学校で英語が教科化された場合、中学校での英語教育はどう変わるべきでしょうか。

 

A. 現実的には、いま中学で教えていることを小学校に下ろすことになり、必然的に中学校での学習到達点が少し高くなることになります。昨年春から、「英語の授業は英語で行うことを原則とする」ことになりましたが、なぜ高校から始めたのでしょうか。どちらかといえば、中学のほうが英語で授業を行っている比率が高いと思います。挨拶などそれほど難しくありませんし、活動も生徒にやらせればよいわけです。高校のほうがハードル高いのではないでしょうか。高校が中学のほうを見習うべきかもしれません。

 

 

選択的なリソースの重点配分を

 

Q. 2014年度に8億600万円の予算がつき、実施期間5年で、全国56校が先日指定されたスーパーグローバルハイスクール(SGH)事業の意義について、お聞かせください。

 

A. 10年前でいうとSELHi 、今回はスーパーグローバルハイスクール(SGH)指定と、国が選択的にリソースを重点配分することを本気で始めたことは大きな進歩です。英語教育に特化し、しかもある方向で重点的に予算を出すことを前はできなかった。「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)」事業については平成14年度から開始し、延べ166件169校で実施しました。

 

このときに何人かの委員が、高校だけでなく、中学でも実施しようと提案したが、中学校は義務教育であり、A校には予算がついてB校はダメというのは無理という建前論で無視されてしまいました。

 

たしかに、「遍く」ということでは日本はかなり成果を上げてきました。いま、中学は義務教育、高校は全入という時代になり、選択的にお金をかけ始めたことは大きな変化です。教育とは空理空論ではなく、実際に示すこと。どこかで実践、お手本を示し、その成果をまわりに普及していく。どこかで選択的にやるしかないのです。

 

この関連で10数年前に私が座長を務めた英語教育協議会(ELEC)のプロジェクトチーム(ELEC Crossroads Project)がまとめた「英語教育の目標および目標達成の方策」という政策提言の内容は、いまでも有効かつベストです。ぜひ一読してみてください。

 

※参考:ELEC Crossroads Project 政策提言
https://www.elec.or.jp/teacher/crossroad_jp.html

 

 

英語教員の自主研修がカギ

 

Q. 日本の英語教育改革の成否は、英語教育を担っていらっしゃる先生方の努力にかかっていますね

 

A. 「英語教育改革実施計画」にある体制整備計画、教員養成プログラムが一番重要です。東京学芸大で30年以上教えてきた経験から言いますと、大学を出てすぐ英語を英語で教えるのは特別な研修なしでは無理です。学芸大では、単位にははらないのですが、一週間泊まり込みで英語漬けにする研修プログラムを、年2回実践してきました。これを2回参加し、後進の指導をする立場のリーダーとなって2回参加し、さらに一週間の単位になる演習を1回から2回受講する。この位の研修を受けてやっと、英語で英語を教えられる自信がつきます。

 

10年前の悉皆研修では、主に夏期、4日から5日程度、通いで9時から5時の研修を受けることが義務付けられましたが、自分が実際に教えてみる研修ではありませんでした。ある県では、70人の受講者を15人から20人の小グループに分け、リーダーを決め、模擬授業を順番に実施しましたが、大変なコストと時間がかかりました。

 

そこで私は、コストをかけないで教員研修を実施する方策を考えだしました。教育委員会主催方式をやめて、全国の10校に1校、模擬授業の演習できる場、「お稽古」の場所を決め、毎週土日に開講する。地域リーダーを決め、ここで何か月間か訓練するというものです。そうでもしないと間に合わない。研修ではなく、「お稽古」です。スポーツでも日本舞踊でも、年一回しか練習しないプロはいない。稽古をしないでできるスキルはありません。

 

問題は、学校教師が忙しすぎること。シーズンオフがなくなっています。プロ野球選手は、7か月はたらいて5か月はシーズンオフ。英語の先生方が新しいことにチャレンジする時間がない。ここがどうにかならないと、あとはどうにもならないのではないでしょうか。

 

(文責:編集部)

 

(2014年6月掲載)

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