世界で活躍する人にインタビュー 同時通訳は世界に心を開くための窓口

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世界とつながる人にインタビュー
同時通訳は世界に心を開くための窓口
インタビュー:原 不二子 さん(はら ふじこ) 通訳

株式会社ディプロマットWebサイト: http://www.diplomatt.com/home-j.html
ディプロマットスクールWebサイト: http://www.diplomatt.com/diplomatts-school-for-interpreters-j.html

同時通訳の第一人者として世界を舞台に活躍している原不二子さん。
通訳として世界中を飛び回りながら、後輩の通訳者を育てる仕事もし、社会活動も続ける原さんに、東京のオフィスでお話を伺った。

地球儀に日本がない!

数々の国際会議で活躍する原さんだが、スイスのリゾート地、ダボスで毎年1月末に開かれる世界経済フォーラム年次総会、いわゆるダボス会議、の公式同時通訳者に指名されてから久しい。この会議には毎年世界各国からトップリーダー約2500人が集まることで知られており、ネルソン・マンデラ元南ア大統領、ビル・クリントン元米大統領、ボノ(歌手)、 ビル・ゲイツ(米マイクロソフト社共同創業者)など、世界を代表する政治家や実業家、学者らが出席している。しかし、原さんから見て、日本の存在感が年々薄らいでいることが気になるという。「地球儀から日本が無くなってしまったような感覚を覚える」と原さん。なぜなのだろう。

「たぶん日本のリーダーといわれる人たちに錯覚があるのではないでしょうか。この会議は参加者が地球規模の課題にどう取り組むかを真剣に話し合う場。つまりグローバルな課題の解決にコミットすることが求められている。景気見通しとか、自分の企業の業績とかいうレベルの話ではない」と手厳しい。

翻って日本人個々の生き方についても原さんは、「これからの時代、世界のどこでも暮らせる人、生きていける人にならないといけない」と言う。「親や教師の言われるままに学業にいそしんでいるような型にはまった人間はダメ」とする。はみ出し人間待望論だ。

通訳デビューのころ

原さんは、日本における同時通訳の草分け的存在であった相馬雪香(ゆきか)さんを母に持った。原さんによると、「子ども時代に母親から叱られるときはいつも英語だった」。

2008年に96歳で亡くなった母親をいまでも職業上の「先輩」と呼ぶ原さん。母親から与えられた英語教育について、「母が私に残した大きな遺産は、異文化への誘いにあったと思います。戦後、満州から引き上げてきた先で、カトリックの尼僧たちが営んでおられた小さな英語スクールに入れてくれたこと、高校1年の夏に、英国に行く機会を与えてくれたこと、大学を中退してでも世界を肌で感じる機会を勧めてくれたこと、などが今の私をつくったと思います」と述懐し、若いうちに異文化に触れることが新しい出会いにつながったという。

同時通訳を一生の仕事とするきっかけを作ってくれたのも母親だった。1960年の夏、原さんが大学3年の時だ。「当時は日米安保改定反対運動で日本社会が騒然となっていた。このままのんびり大学生活を送っていてよいのかと悩み、大学を中退。母の勧めで、スイスのコーという山奥のマウンテンハウスで開かれたMRA(Moral Re-Armament 道徳再武装運動)の国際会議に日本代表50名の一人として参加した。

MRAは戦後の新しい国際秩序をつくるためには,日本とドイツの参加が必要と両国に門戸を開いてくれた運動でもあり、原さんの両親も三井高維夫妻とともに,戦後間もなく米国に招かれていた。この会議は世界60数カ国からおよそ1000名近い各界のリーダーが参加し、民族、言語、政治、宗教、文化の違いを超えて討論する場。軍備ではなく精神の再武装から真の平和と民主政治をつくろうという英国生まれの平和運動だった。会場には六カ国語の同時通訳設備があったが、日本語の通訳が必要となり、原さんにその役を促したのは,母の雪香さんだった。ブースのなかで2時間ほど、孤軍奮闘。これが原さんの通訳者としてのデビューとなる。

このときに通訳した発言者の一人に、スイスのとある婦人がいた。彼女は自動車事故で亡くなった夫君の思い出として彼の遺産すべてをMRAの運動に寄付するという話をした。原さんは彼女の話にすっかり感動してしまい、涙声で通訳していた。ふと会場に目をやると日本代表の人たちがハンカチを取り出して目にあてているのに気づいた。「自分の通訳を通して人が感動するなど想像もしていなかった」と原さん。「言葉のもつ強さ」を感じたという。この瞬間に、原さんの通訳者としての原点が形成された。

この会議で活躍していた各国語の通訳者たちは皆、プロ中のプロだったが、全員ボランティアで参加していた。「私がプロの通訳者として活躍を始めるのはその後、家庭に入り子どもを産んだあとからでしたが、いまでも通訳の仕事はサービス精神が基本でなければならないと確信している」と原さん。

原さんによると、母親の雪香さんは「なんのために通訳をするのか」を自らに、そして娘の原さんにも厳しく問いかけ続けたという。母親にとって通訳という仕事は、「これから世界がどう動くのか、日本はどう生き残っていけばよいのか、を考え続けることであり、世界に心を開くための作業であった」と原さんは述懐する。事実、雪香さんは一流の同時通訳者であったばかりか、1970年代末にインドシナ難民(ボート・ピープル)の救援・支援を目的とした「難民を助ける会」を発足させ、会長に就任している。また韓国との民間交流にも尽力している。「話し手の気持ち、心情を理解し、それを伝えられないのであれば、通訳なんてやめてしまいなさい」と叱咤されたことを原さんは今でも忘れないという。

日本語は特殊ではない

同時通訳者としての長い経験から、「言葉の無いところに現実はない」と指摘する原さんは、日本語が特殊だから日本人は外国語が苦手という、いわゆる日本語特殊論を否定する。

ジュネーブに本部を置く国際労働機関(International Labor Organization 略称ILO)の年次総会には、主要言語ごとに3名一組のチーム、総勢200名を超えるほどの同時通訳者が配置されるが、ある年の総会前に、主催者が同時通訳者を招いて、その年の討論の主要テーマである「decent work」という英語の概念を各国語でどう訳せばよいかが議論された。フランス語、スペイン語、ドイツ語、日本語などで、どう訳せばよいのか、ということだ。日本語では「適切労働」などが適訳候補に挙がったが、ピンとこなかった。ほかの言語でも同様で、結局各言語ともに適訳がない、ということになり、decent work という英語を使うことになったという。「この例でもわかるとおり、日本語だけが特殊で難しいということでは決してない。欧州では何十ヶ国語で人びとが交流しているという現実がある」と原さん。

通訳の心構えとは

原さんが若手や外国の同時通訳の生徒たちに教えこもうとしている「通訳の心構え」は二つ。「コミュニケーション」と「正確さ」だ。どんなに立派な通訳でも、相手に伝わらなければ意味がない。正確さとは、言葉よりも内容の正確さを意味する。専門用語、そして知識が大切だ。たとえば、テーマが政治であれ技術であれ、その分野で使われる用語と内容を理解しておくことが不可避。通訳技術ではカバーしきれない。知識がものをいう。「一見、機械的に言葉を置き換えているように見えるかもしれないが、通訳は頭のなかで情報を消化し、それをアウトプットしている」と原さんは力説する。

原さんが、最近国際会議などで感じるのは、ミャンマーなどあまり国際的な場に出て来ない国の代表も大変流暢な英語を話すことだという。「同様に、イスラム諸国の政府代表には女性が多く、彼女たちの英語力が素晴らしいだけではなく、自分たちの声を世界に届けようというコミュニケーション力も突出していています。」と。

英語を何のために学ぶのか、どうしたらグローバル人材になれるかを考えることも大事だが、その前に、人生どう生きるかをまず真剣に考えて欲しい、という原さんの若いひとたちへのメッセージをいただいた。

いま英語の勉強をしている人たちへ - 原 不二子さんからのメッセージ
第102回国際労働総会の通訳者として勤務中の日曜日にジュネーヴの植物園を散策中の原さん

まず,何のために英語を勉強するのかが問題。言葉は気持ちや意思を伝える手段でしかない。生き物の中で言葉を持っているのは人間だけです。文化の異なる人間同士が出会い,気持ちを伝え合う。その中から,現状に満足しないで,より良い未来を一緒につくろう、という話し合いが生まれます。生きていることに意味を見い出し,今日は誰と何をしよう、何を話し合おう、と毎日が意味のある日々になります。
日本語では,読み書きを学ぶ,と言いますが,英語では,聞いて話す,すなわち,耳と口をならすことが重要です。赤ちゃんはお母さんや周りの人の声を耳で聞いて言葉を覚えるのです。文法を赤ちゃんに教える人はいません。言葉の取得は耳をならすことが大事です。そのためには,英語を聞く時間を毎日もつこと。電車の中で,漫画本を読んだり、ポップミュージックを聴く代わりに、音読された本を聞く習慣をつける。家で,字幕に頼らないで洋画を見る,雑誌を音読する,などいろいろな工夫ができます。思い切ってCNNやBBCの番組を教材として取り込むのもよいでしょう。日本のマスコミとは違った視点から世界のニュースにふれることができます。
インターネットで文通をすることもできます。外国人の友だちをつくる,夏休みに英語キャンプに行くなどすれば、日本語から他言語の世界に飛躍することができます。失敗を怖がったり,恥じる年になる前に外国語になじむことを勧めます。

(取材・文責:編集部)

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