世界で活躍する人にインタビュー 海外緊急支援に飛び出した看護師

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世界とつながる人にインタビュー
海外緊急支援に飛び出した看護師
インタビュー:園田美和(そのだ みわ) 看護師

病院にいるイメージが強い看護師ですが、今回、取材したのは海外で医療支援活動をしている園田美和さん。病院に勤めた後、ポルトガル留学で感じたことや2008年にミャンマーで起きたサイクロン被害と軍事政権下で医療支援活動を行うということについてお聞きしました。

看護師という仕事を選んだきっかけ

看護師になる人は子どものころから、ずっと看護師さんにあこがれている人が多いのですが、私は英語が好きだったので、大学は英文科や国際教養学部に進むのかなと考えていました。私の2歳上の姉が英語が好きで、洋楽を聞き、洋書を読んだりしていました。英語の弁論大会で1位をとってしまうような姉で、私も影響を受けて一緒に英会話教室に通ったり、洋画を一緒に見たりしていましたし、英語は得意な科目でした。大学進学を考え始めたとき、両親に英米文学を学びたいと言いました。そしたら「どんな職業につきたいの?将来はどのような人間になりたいの?」と両親に将来についてしっかりと考えるよう言われたのです。まだ高校生でしたし、「将来と言われたってそんなことわからないよ!」と悩みました。
そんなとき母が病気で入院しました。悪い方に悪いほうに考えてしまい不安になっていった私に看護師さんが優しく励ましてくれて、心の支えになってくれました。子どものころから、犬、猫、インコ、金魚などたくさんの動物を飼っていましたし生命に関わることに興味があったので、母の入院をきっかけに看護師を目指すことにしたのです。そして将来、看護師になったら得意な英語を活かして、海外青年協力隊に入ろうかな…?とも漠然と思っていました。

ポルトガル留学で実感した語学力の大切さと国際性あふれる医療の現場
ポルトガルの病院で勤務中に

看護師になって3年後、ポルトガルへ留学しました。
アメリカへ観光旅行に行ったことがあるだけの私が、ポルトガルで経験したことはその後とても役に立ちました。この病院には旧ポルトガル領のアフリカのモザンビークやブラジルなど発展途上国から、優秀な医師をはじめ医療関係者が集まってきます。
一方で、ポルトガルをはじめヨーロッパ圏の医師たちは待遇のよいイギリスなどの医療機関へ行ってしまう。
世界の格差を切実に感じました。また、母国語のほかに2つや3つのことばを話せる人がたくさんいるヨーロッパで、英語はできたらいいというよりは生きていくために絶対に必要なものだと感じました。
様々な国籍や豊富な海外経験をもつ同僚と出会い、看護師という専門職としても語学の面でも、自分の未熟さを痛感しました。また、開発途上国の現状と移民の問題にも直面し、国際協力の仕事に真剣に取り組む決意をし、帰国後も勉強を続けました。
東京大学病院のICU(集中治療室)で働いていたときは英語の最新医療情報の文献を読んで、仕事や研究に活用していました。また語学力も認められて、アメリカの有名な病院での研修の機会も得る事ができました。努力の甲斐もあって、希望する部署に異動する事ができたときは本当に嬉しかったです。

ミャンマーで起きたサイクロンで初めての支援活動・・緊急援助隊の災害派遣

私が国立国際医療研究センター国際医療協力局に来て初めての海外活動がミャンマーでした。2008年5月初旬にミャンマーでは、史上最大ともいわれるサイクロン「ナルギス」が上陸し、死者が約8万人、行方不明者約6万人、被災者約240万人にも上る悲惨な状況でした。

ミャンマーの地図
サイクロン後の川岸
サイクロン後の家
緊急援助隊テント内部

 
しかし、当時ミャンマーは軍事政権下だったため、海外からの人道支援受け入れに時間がかかり、サイクロンが起きてから一カ月過ぎてようやく私たちのチームは、ラブッタという避難民キャンプに派遣されました。チームの編成は、医師4人、看護師6人、助産師1人、管理栄養士1人、臨床検査技師2人、薬剤師1人、放射線技師1人、救急救命士1人、外務省職員1人、JICA職員5人の23名のチームです。
テントを張り、診療所で活動を始めました。

緊急援助隊テント内部

現地の通訳は、私たちの日本語や英語を、ミャンマー語に訳し伝えてもらうというものです。その時の私の役割は、医師の介助や問診でした。通訳の人数も限られていたので、英語の話せる地元のドライバーに協力してもらい、二人で患者から状態を聞いて回りました。この時に心がけたのは、簡単でシンプルな英語を使うこと。英語が母国語ではない私たちに必要なのは、上手に話せる英語ではなく、「伝わる英語」です。

英語で正しい情報を伝える
ミャンマー緊急援助隊

患者さんに多かったのは、サイクロンが起きたときの外傷でしたが、次に下痢や感染症の人が目立ちました。よく聞いていると彼らは、消毒されているキャンプの水場の水を飲まずに、近くにある池の水を飲んでいることがわかりました。日本人の私たちには信じられないことかもしれませんが、住んでいる人たちにとっては普段の生活のことだったのです。感染症がこれ以上広まらないよう、住民の人たちを集め消毒された水を飲むように説明しました。

2週間の支援活動を終えて

避難民キャンプで過ごす2週間は、ミッションを必死にこなす日々でした。風呂なし、シャンプーは雨。食事は日本からもってきた缶詰やカップ麺、たまにバナナという状態で思い返すとよく耐えられたなぁと思います。
帰国してからしばらくは、日本とのあまりの格差に少々燃えつきてしまったように感じるほど全力投球の日々でした。しかし、災害に対する備えが十分でない開発途上国の現状や、感染症や栄養失調等の原因で、日本では助かるかもしれないのに亡くなっていく脆弱な生命を目の当たりにし、自分が目指していた国際保健や国際協力の必要性や意義について、本当に強く実感した機会でした。同時に、被災されて家族・家・家畜など色々なものを失っても懸命に生きていこうとする現地の人々に、こちらが励まされたり、感動もしました。この時の経験は、その後派遣されたミャンマーやべトナムの保健医療プロジェクトでも役立っています。

英語は看護師さんの仕事で大切なスキルになる
ベトナムの国家看護会議での発表

日本人以外の人たちと活動する海外の現場で、日本語を使って仕事をする機会はいままでありませんでした。看護師の仲間には、アメリカで看護師免許をとって働いている友人がたくさんいます。私もアメリカの病院で研修を受けるチャンスがあり、最先端の医学やいろんな国の患者さんがいる病院での看護師の仕事について知ったことはとても勉強になりました。
まだそれほど多くはありませんが、日本でも非英語圏の外国人の患者さんも増えています。すべての言語を習得することはできませんから、共通語は英語しかありません。日本にいても、外国人の患者さんに英語で治療や薬の説明をすることもあります。現在、日本はインドネシアやフィリピン人の看護師と介護師を受け入れ始めました。

外国人の同僚と接するうえで異なる文化を尊重する姿勢は、私達により一層求められてきています。また、英語が得意な外国人看護師さんも多いので、英語と日本語を併せればもっと深いコミュニケーションができる様になります。全世界のどの国でも、医師や看護師は必ず存在します。同じ専門職として、国境を越えて情報交換をしたり一緒に働く事ができるのは、とてもやりがいを感じます。英語ができると、ミャンマーやベトナムでも多くの患者さんに直接関わることができました。みなさんも自分のできることを英語で伝え、国境を越えた輪を広げていってくださいね。

(文責:編集部 / 取材:高岡 幸佳)

プロジェクトの現場で大切なことば
Thank you.I appreciate it.

国際協力という仕事は相手国のための仕事ですから、私たちはよく感謝のことばをもらいます。でも実際の仕事を中心的に進めるのは、現地の共に働くスタッフたちです。私達は現地の政府関係者や病院のスタッフと働く事が多いのですが、彼らは自分の待遇がよくなるわけではないのに、国がよくなるためと思って一生懸命やってくれるのです。

おすすめの英語勉強法

・歌が好きなので、英語の歌で発音は練習しました。好きな歌手は、マライア・キャリーやビヨンセです。

・携帯電話を英語設定にするなど、身近なものを英語設定にして、日常生活で英語に触れるようにしています。体をつかって覚えた英語は忘れません。

将来、海外で活躍する看護師になりたい人へ

・日本国内にある在日外国人への支援活動を行っているNGOに参加すること。最初あまり無理せず地元で活動しているNGOを探して、地域交流で慣れていくことをお勧めします。
・医学文献サイトhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed
英語の医療論文サイトです。私が海外の論文を検索したいときに見ています。
また、世界の保健医療動向を知る為にWHO(世界保健機関)http://www.who.int/en/ の最新情報は役立ちます。現役の医療関係者が何を見ているのか気になる人は見てみてください。

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