コラム~ねらいを定めて薬を運ぶドラッグ・デリバリー・システム(DDS)

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森村久美子

東京大学大学院工学系研究科 上席研究員

 

 みなさんはDDSという言葉を聞いたことがありますか?DDSとはdrug delivery systemつまり薬を運ぶ方法です。運ぶといっても郵送や宅配便でということではなく、薬を体の隅々へ効果的に運ぶ方法なのです。
 ①ドラッグ・デリバリー・システムというのは薬を必要な時に必要な場所へ必要なだけ届ける配送システムです。これにより薬の効果が最大限になります。

 

 薬は体内に取り入れられると吸収され、体全体に効果が及びます。手ごわいウイルスをやっつける薬であればその作用は強力で、薬を必要としない体の他の部分にも働きかけてしまいます。そうして起こるのが副作用です。治療のためには必要な薬であっても強い副作用のため投薬を断念しなくてはならない場合もあります。

 

 これを改善するために多くの研究がなされてきました。時間的に差をつけて効く部位を選択させる、あるいは体のpH(水素イオン指数)を利用して酸性に強い物質で薬を覆う、またある部位では吸収しやすいように形を変える、などいろいろなシステムがあります。これらを総合してdrug delivery system (DDS)と呼びますが、DDSについてもう少し詳しく見ていきましょう。

 

 DDSの第一人者である片岡一則先生はDDSのことを「トロイの木馬のようなもの」だと言っておられます。みなさんは「トロイの木馬」の話を知っていますか。
 ギリシャ神話の時代にトロイとギリシャの戦争がありました。イーリオス城の正門の鴨居が壊されることがギリシャ勢に下された神託のひとつでしたが、ギリシャ勢はそれを叶えるため、「大きな木馬がイーリオスの門をくぐるとギリシャが負けるらしい」と嘘の噂を流してトロイ勢に自ら城門を壊させて木馬を中に入れさせてしまいました。トロイの人たちはこれでギリシャとの戦いに勝利したと喜んで宴を開き、酔っ払って眠りこけたのです。その夜、木馬の中に隠れていたギリシャ兵が出てきて暴れ回り、仲間も呼んでトロイを陥落させたのです。このことから「トロイの木馬」とは無害なように見せかけて狙った場所へ入り込み、中に仕掛けた兵で目的の場所にいる敵をやっつけることを言います。コンピュータ用語では、有用に見せかけたプログラムを不用意に入れさせ、中で悪い働きをさせることを「トロイの木馬」と呼んでいます。②DDSも工夫をして体内(血液中)に薬をうまく取り込ませて中で暴れさせるので「トロイの木馬」と呼んでいるのです。

 

 DDSには大きく分けて3つの異なる働き方が有ります。
1. Control release コントロール リリース(放出過程の制御)持続化
ある薬を患部に時間差で届けることによって何度も飲まなくても効き目を持続させることができます。まず初めに溶け出す粒、次に溶け出す粒とコーティングの溶ける時間に差を付けてあげると薬はずっと効いていることになります。

 

2. Targeting ターゲティング(分布過程の制御)標的指向化
がんなどの患部のpHは健常部と異なる(酸性が強い)ので、その部位のpHで溶けるコーティングで包むことで薬を目的どおりのところに届けることができます。従来はがん細胞に達する前に薬が壊れることもありましたが、これによって目的のところに届けられますし、すい臓がんや脳腫瘍など従来なら抗がん剤が到達しにくいところまで入り込めるのです。正常な部位に働きかけて副作用を起こすことなく、悪いものだけをやっつけることができます。

 

3. Passing barrier zone バリアゾーンの通過促進(吸収過程の制御)吸収促進
ナノカプセルは50ナノメーターと小さいので、がん細胞が作る血管壁の隙間を通ることができます。健常な血管は密でその大きさの分子も通りませんが、がん細胞が作る血管は雑で粗くリンパ管も未発達なのでバリアゾーンをナノカプセルが通過することができます。したがって薬ががん細胞だけに蓄積されるのです。
        役に立つ薬の情報~専門薬学https://kusuri-jouhou.com/pharmacokinetics/dds.html

 

 最近では遺伝子に働きかけることで病気を予防する研究が進んでいますが、体に吸収されやすい高分子物質を遺伝子と結合させることによって遺伝子に直接働きかけることができるようになっています。また、山中伸弥博士のノーベル賞で有名になったiPS細胞(人工多能性幹細胞)もDDSによって実用化が促進されています。

 

 DDSの良い点は、大掛かりな装置が不要で、注射や点滴で注入可能なので入院をしなくても通院で受けることができることです。そのため治療のために退職や休職をしなくてもすみます。また初期費用は高いのですが、ランニングコストが低いので結局は経済的な負担も少なくてすみます。③これらのことから生活の質(Quality of Life)を落とさずに治療を受けることができるのです。DDSが夢の配送方法になるといいですね。

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※コラム記事の下線部分①・②・③の英訳例

①  A drug delivery system is a system that allows a drug to be delivered to any location at any time and in any quantity when and where and how much it is required. 

 

②  DDS is called “a Trojan horse” because it manages to have the body absorb drugs (through the blood) tactfully and allows them to function inside the body.

 

③ For the reasons above, patients can receive treatment without lowering their quality of life.  

 

 

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