平成25年12月、文部科学省は「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」(以降、「実施計画」)を発表した。これは、初等中等教育段階からグローバル化に対応した教育環境づくりを進めるため、小・中・高等学校を通じた英語教育全体の抜本的充実を図ることを目的とした計画である。さらに、「実施計画」を具体化するために、平成26年2月から9月にかけて「英語教育の在り方に関する有識者会議」(以降、「有識者会議」)が9回開催され、その審議のまとめとして、「今後の英語教育の改善・充実方策について~グローバル化に対応した英語教育改革の5つの提言~」(以降,「5つの提言」)がまとめられた。
では、具体的にどの部分で、どのような改革が必要となってくるのだろうか。「5つの提言」において示された内容(「改革1」から「改革5」)のうち主要な事項を中心に、今後の英語教育改善の在り方を考えていきたい。
「小・中連携」や「中・高連携」の大切さが叫ばれる一方、実際には英語教育における学校間の接続が十分であるとは言えない。異校種でどのような指導や評価が行われているのかについて、ほとんど知らないという教員さえいる。現行学習指導要領においても「コミュニケーション能力」の育成という共通の柱はあるが、進学後にそれまでの学習内容を発展的に生かすことができるよう、小・中・高等学校を通じてより一貫した方向で英語教育が行われる必要がある。
これまでの学習指導要領においても、「外国語」の目標及び科目ごとの目標、内容等が示されているが、次期改訂では、技能ごとに具体的な指標の形式で目標を入れることが検討されていくであろう。このことに伴い、各技能について、児童生徒がそれまでどのような目標に基づいた指導を受けてきているかを十分に把握し、特に中学校第1学年及び高等学校第1学年では、例えば、経験したことのあるタスクのレベルを上げて再度行うなど、前年度までの学習を生かした学びが可能となるように留意する必要があろう。
「改革1」では、小学校中学年での外国語活動、高学年での教科化についても提言されている。これまでの実践や成果を踏まえた小学校中学年への外国語活動の導入は、児童の英語学習に対する動機付けや音声面での向上が期待されよう。また、抽象的な思考力が高まる小学校高学年で教科として外国語教育を行うことは、聞いたり話したりすることに加え、積極的に英語を読もうとしたり書こうとしたりする態度の育成につながるものと思われる。ただし、早期に英語嫌いを作ってしまうような事態とならないよう、中学校での学習内容を単に前倒しするのではなく、児童の発達段階に応じた指導をできるかどうかが大きなポイントになるであろう。なお、小学校における外国語教育の授業時数や位置付けなどは、今後、教育課程全体の中で専門的に検討されることになる。
「改革2」では、中・高等学校では、主体的に「話す」「書く」などを通じて互いの考えや気持ちを英語で伝え合う言語活動を展開することが重要であり、高等学校に加え、中学校でも「授業は英語で行うことを基本とする」ことが適当であるとしている。文部科学省が平成25年度に行った調査によると、中学校で、「発話をおおむね英語で行っている」又は「発話の半分以上を英語で行っている」教員の割合は、第1学年で44.5%、第2学年で42.9%、第3学年で41.2%となっている。この数値を上げていくこと自体は、それほど高いハードルではないであろう。ちなみに、高等学校における同割合は、平成22年度の「英語Ⅰ」では15.6%だったが、平成25年度の「コミュニケーション英語Ⅰ」で53.1%と大きく増加している。
ただし、ここで気をつけるべきは、授業を英語で行うこと自体が目的ではなく、それは、コミュニケーション能力を育成するための手段だということである。コミュニケーション能力を育成するためには、生徒が理解の程度に応じた英語にできるだけたくさん触れるとともに、生徒自身が実際に英語を使う場面を豊富に設定しなければならない。教師だけが英語を用いて話し続けるような授業にならないよう、十分な注意が必要である。
授業での使用言語と同様、或いは、それ以上に大切なのは、明確な学習到達目標に基づく指導と評価が行われることである。中・高等学校では、教科書の言語材料に関する知識がどれだけ身に付いたかという観点で授業が行われ、教科書に出ている順番ですべてを“こなす”必要があると考えている教員が少なくない。今日の授業が年間の指導の中でどの位置付けにあるのか、今日の授業によって生徒が何をできるようになることを目指すのかがはっきりとしていなくてはならない。そのためには、学習指導要領に基づいたCAN-DOリスト形式の学習到達目標を設定することが重要になる。
指導と評価の一体化は、学校内に限ったことではない。コミュニケーション能力を育成するための授業を受けてきた生徒に対する入学者選抜は、コミュニケーション能力を測定するものでなければならない。キーワードは、「4技能の測定」である。
現在、大学入学者選抜において、4技能を測定する試験はほとんど行われていない。大学自体で4技能の測定が難しいのであれば、すでに国内外で広く認められている資格・検定試験の活用を考えるべきであろう。「改革3」では、資格・検定試験を活用するための情報提供や指針づくり等を進めるため、大学、高等学校及び中学校の学校関係団体、テスト理論等の専門家、資格・検定試験の関係団体等からなる協議会の設置を提唱している。今後、この協議会において、各試験の評価の妥当性、多様な生徒の能力への適合性、各試験間の妥当な換算方法、受験のしやすさ、試験の実施体制等について議論がなされていくことになると思われる。
入学者選抜については、資格・検定試験による代替に議論がフォーカスされがちだが、同時に、現在行われている入学者選抜における英語の問題についても調査・分析をし、改善を進めていくことが急務であると思われる。例えば、現在の入学者選抜においてほとんどの割合を占める「読むこと」の能力を測定する問題についても、学習指導要領の趣旨に沿った出題になっているか、出題意図が明確で妥当性があるか、といった点について検証していくことが重要である。
中・高等学校については、現在使用されている教科書は、文法事項を中心とした言語材料の定着を図るための活動が中心になっているものが多い。中・高等学校の英語担当教員の多くは、教科書を使って言語活動を展開するために、“教科書の再教材化”を行っており、そのためのワークシート作成などに非常に多くの時間を費やさざるを得ない状況にある。教科書が、各単元で示された話題や内容について、言語材料を活用しながら、説明・発表・討論などの言語活動を行うことを通して思考力、判断力、表現力等が育成されるような構成になっていれば、教員の負担も軽くなるはずである。その意味において、「改革4」で「教科用図書検定基準の見直しに取り組む」と踏み込んだ提言をした意義は大きいであろう。
ICTの活用については、例えば、テレビ会議システムを利用した海外の学校との交流において、発表や意見交換を行うなどの先進的な取組が見られるようになった。一方、ICTの活用以前に、その環境整備が整っていないという学校も多い。まずは、ハード面の整備が急務であろう。
小学校高学年で英語が教科化になった場合、誰が指導するかが大きなポイントの一つになることは言うまでもない。上記の体制の実現に向けて、文部科学省では、平成26年度から、「外部専門機関と連携した英語指導力向上事業」において、地域の中心となる「英語教育推進リーダー」の養成を開始している。
現職教員に対する研修と併せ、今後の英語教育改革に対応できる人材を育成・確保する視点から、教職課程の見直しも重要な課題である。小学校における英語指導に必要な基本的な英語音声学や英語指導法、中・高等学校における第二言語習得理論を含めた英語学や4技能の総合的なコミュニケーション能力を指導・評価するための科目などを充実していく必要があるだろう。大学の教職担当者は、求められる英語教員の育成に向けて、今まで以上に重責を担うことになる。そのため、小・中・高等学校、さらには教育委員会と密接にタイアップし、各学校種におけるこれまでの成果や課題を確実に把握した上で教員養成に当たることが大切である。
(この原稿は、一般財団法人 英語教育協議会が発行している英語教育専門雑誌「英語展望」122号(2014年12月発刊)から抜粋したものです)