コミュニケーション能力の育成のための「CAN-DOリスト」の形での学習到達目標の設定

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コミュニケーション能力の育成のための「CAN-DO リスト」設定

平成23年6月に「外国語能力の向上に関する検討会」がとりまとめた「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策」を受け、現在全国の各教育委員会および各中学、高等学校で「CAN-DO リスト」の形で学習到達目標を設定する取組がなされています。
そこで、「CAN-DO リスト」設定の狙いや実施するうえでの心構えについて、文部科学省初等中等教育局視学官の太田光春氏にお聞きしました。

太田 光春 (おおた みつはる) 文部科学省 初等中等教育局 視学官

教育委員会の主体性がカギ

教育現場での進捗状況はいかがでしょうか。
県や学校を実名で挙げることは差し控えますが、変わるところは大きく変わっています。
やはり、教育委員会の姿勢次第といっても過言ではありません。教育委員会が学習指導要領の周知徹底に本気で取り組んでいるところは、英語教育が劇的に変化しています。高校一年生だけでなく他学年においても「授業は英語で行うことを基本とする」ことを浸透させている県もいくつか現れています。
一方、残念ながら、学習指導要領ではなく受験でしょう、と考えているところはあまり変わっていないようです。同じ高校生活で、英語の時間が待ち遠しい生徒と必ずしもそう思えない生徒がいて良いはずがありません。我が子なら、あるいは、自分が生徒なら、コミュニケーション能力を育成してくれる学校と受験対策と称して役に立たない暗記を強いる学校とどちらに行かせたいでしょうか。あるいは、行きたいでしょうか。

 ある都道府県では中高の指導主事がペアとなって、3年間で六百数十人の授業参観をし、指導・助言を行ったそうです。指導が行き届いているので、この県では劇的な授業改善が起きています。また、ある都道府県では、いくつかの高校が連携して、英語表現Ⅰの授業で、副教材として海外の教材(日本では大学のテキストとして使われている)を使っているところもあるようです。当然のことながら授業は英語で行い、指導を「話すこと」と「書くこと」の能力の育成に焦点を合わせ、文法を扱うことは最小限にとどめています。こうした教育を受けた生徒たちが、これから大学に入学するわけですから、そのことを踏まえた大学の英語教育の質の改善も図られていく必要があります。

 たくさんの学校を抱える東京都でも、大きな動きが出てきています。
東京都教育委員会は、平成24年2月に「都立高校改革推進計画・第一次実施計画」を発表し、グローバル人材の育成を目標の一つとして、英語教育の推進に取り組んでいます。今年度は、東京都独自の英語教育改革を推進し充実を図るため、英語専門家や企業の人事担当者をはじめとする外部有識者及び教育庁関係者を委員とする「東京都英語教育戦略会議」を設置し、公立小中学校等を含め全都立高校における具体的方策の検討を始めたところで、その成果に期待しているところです。

 新しい学習指導要領の実施に併せて、現場の指導に様々な変化が起きています。たとえば実態として、これまでは、学年が上がるに従って扱う副教材が受験を意識した学習参考書や問題集にシフトしていくことが多かったのですが、コミュニケーション能力を育成するという学習指導要領の趣旨を踏まえた指導に先進的に取り組んでいた学校の多くが入試でも好結果を得られたことから、学習参考書に目を向けるのではなく、オーセンティックな英語、たとえば英語のペーパーバックであるとか、ニュースや映画など、あるいは海外の英語学習用教材などに目を向けて、それらを教材として使い始めています。国内の入試を意識した学習参考書ではなく世界標準の英語に目を向けているのです。10メートル四方のプールを隅から隅まで泳がせる指導でなく、川や海でたっぷり泳ぐ指導に切り替えているのです。生徒の学習が「疑似」から「本物」に移行しつつあります。彼らは、川の流れの速さや海の深さを知っています。

入試英語も変わらざるを得ない

大学入試があるために「CAN-DO リスト」の設定は無理、という声が一部にあります。
学校現場では、正解が一つのことに対する指導(主に受験対策に起因)にあまりにも偏っていたので、英語に関しても、知っているか、知らないかに焦点を合わせ、使えるか、使えないかをあまり重要視してきませんでした。だから、使える英語が身につけられなかったのです。

 この歪みやミスマッチを是正していかないと、大学には合格したけれど英語は使えない、とか、大学に合格したのだから英語の学習は止める、という日本人を産出し続けてしまいます。高校や中学の現場が、入試があるから変われないと言うのであれば、これを、抜本的に変える必要があります。現在、入試のあり方等については中教審で議論されています。また、政府の教育再生実行会議でも議論されています。

 もし、教育再生実行会議の第三次提言にあるように、大学入試における英語の試験にTOEFL等の外部検定試験が活用されるようになったら、従来型の指導をしている高校は、英語がネックになって、生徒が希望の大学に行けなくなります。英語の能力は4技能でとらえる、というのが今の流れです。進学を目指しているのであれば、なおさら、コミュニケーション能力の育成に向かわなければなりません。
文部科学省が推進している「CAN-DOリスト」とはどのような性格のものでしょうか。
今回、間違ってはいけないのは、文科省が打ち出している「CAN-DO リスト」はCEFR(Common European Framework of Reference for Languagesの略称。ヨーロッパ言語共通参照枠)のようなベンチマークというか、尺度ではありません。あなたはA1です、あなたはB1です、あなたはC2ですね、という具合に自分の英語力がどのあたりにあるかを知らせるためのものではありません。拠点校等の各学校に求めているのは、使っている教材、生徒の学習の状況、指導に割くことのできる時間数等を踏まえて、各学校の実情にあった学習到達目標をCAN-DOリストという形で作成することです。3年間で15単位ある学校と、3年間で8単位しかない学校では、当然異なったものになります。喜ばしいことに、すでに、すべての高校にこの作成を求めている県もいくつかあります。

情報、考え、気持ちを伝え合う言語活動

授業が成功しているかどうかは、何をもって判断すればよいのでしょうか。
生徒が言語活動を通してコミュニケーションの成功体験をしているかどうかです。
学習の主体が生徒になっているかどうかです。全国から様々な報告がありますが、ある県では「授業を英語で行うことを基本とする」ではなく「生徒が使う英語の質をいかに高めるか」が先生方の大きな関心事になっているようです。

 生徒に行わせたい言語活動は、情報や考え、気持ちなどを伝え合う言語活動です。
もちろん、学習の過程でディクテーションやシャドーイングなど、学習的な要素が強い活動も必要でしょう。ですが、本当に大切なのは、生徒が自分の立場で、自分の言葉で伝え合うことです。ですから、授業の中心は、教科書を読んで得た情報を伝え合ったり、読んだ内容について、私はこう考える、この筆者の考え方には賛同できない、とか、この主人公の生き方は納得できない、私だったら、こう生きる、と意見を述べたり、自分の気持ちを述べたりするなど、自分の立場で、自分の言葉で伝え合う言語活動でなければなりません。

 先生ではなく生徒がどれだけ英語を使っているかが重要です。「授業は英語で行うことを基本とする」というと、いままで日本語で行っていたところを英語に置き換えて、Open your textbook. とか、Listen to the CD.  Repeat after it. などと、先生が一方的に英語で指示をしたり、説明したりすればよいと誤解をしている教師もいるようです。これでは、生徒は学べません。繰り返しになりますが、今回の学習指導要領は、情報や考え、気持ちを伝え合う言語活動を授業の中心とする抜本的な授業改善を求めています。

 また教師には、自律した学習者として、一人の学習者として、学び続ける姿を生徒に見せていただきたいと考えます。教師は、生徒の身近なロール・モデルだからです。当然、自分の成功体験に基づいて学習方法も教える必要があります。裏返して言えば、うまくいかなかった学習方法、あまり効果のなかった学習方法を生徒に強いてはいけないのです。

 教育は、学習者の学びの可能性を信じることを前提とした営みです。学びの早い人、遅い人はいるでしょうが、学べない人はいない。誰もが学べる、ということを強く信じる。その気持ちが伝わる授業をすることが教師には求められます。教師が英語が大好きだと思う気持ちが伝わることも重要です。今回の、「授業は英語で行うことを基本とする」という考え方は、学習者としての教師や生徒の学びの可能性を信じているからこそ学習指導要領に記述することができたわけです。

 日本人の知的レベルはとても高いと思います。英語科教師のポテンシャルもとても高いと信じています。先生方は英語で授業をすることに慣れていないだけです。生徒のために、生徒の理解の程度に応じた英語をたくさん使うことを心がけて授業をし続ければ、すぐに英語で行うことを基本とする授業に慣れると思います。違和感があるのは最初のうちだけです。利き手でない手で歯磨きをすると最初のうちは違和感がありますが、しばらくすると自然にできるようになります。

 「授業は英語で行うことを基本とする」ことを求める学習指導要領も「CAN-DOリスト」の作成も、学習者に優しい英語教育の実現、時間や労力の報われる英語教育の実現のために必要不可欠なことなのです。
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